総合技術研究WG

総合技術研究WGレポート

近江国一之宮 建部大社に耐震シェルターを

2024年4月30日
総合技術研究WG
建部大社社務所外観。主要部は神社が国の管理下にあった1940年に建てられ、戦後に台所部分などが増設され、複雑な構造になった。
楠亀工務店によって[木質耐震シェルター70K]が施工された建部大社の職員宿舎。毎朝5 時の開門に備え5人の神職が交代で寝泊まりをしている。塗装で構造体を既存空間になじませたため、氏子に「どこを変えたのですか?」と聞かれることもあるという。

一般社団法人耐震住宅100%実行委員会では 2022年より「あなたの地域コミュニティ耐震化キャンペーン」として、地域の耐震化を応援し、耐震シェルターを寄贈するプロジェクトを行っています。 このたびは滋賀県大津市・建部大社 職員宿舎に[木質耐震シェルター70K]を寄贈しました。
地域社会に根付いた宗教関連施設への提供は、その地の防災意識改革につながるものと期待されています。

宮司の依頼で氏子の設計士が調べ、[木質耐震シェルター70K]を発見

日本は明らかな地震国ですが、それでもなお「この辺りはたぶん大丈夫」と思っている人たちが多い地域があります。2021年11月に滋賀県大津市の建部大社の宮司に就任した佐藤和夫さんは、前任地の名古屋と比べ、防災意識の差を感じていました。佐藤さんは語ります。「名古屋では行政も住民も南海トラフ大地震に備える意識がありました。でも、この辺りは幸い自然災害が少なく、地元の人たちは『琵琶湖があらゆる災いを吸収する』と言うんです。」

しかし、1662年の寛文近江・若狭地震では大津の琵琶湖畔にあった蔵や町家の多くが崩れ落ちたと記録に残ります。古代湖として知られる琵琶湖の形成は、断層活動による地盤の陥没の繰り返しによるものであり、「琵琶湖周辺は地震に強い」という俗説に根拠はありません。そうした地震災害に対する危機意識がまだ低い地域ではありますが、建部大社は幕末に建てられた本殿・権殿の免震改修工事を2006年に実施しています。本殿に日本武尊を祀る近江一之宮として信仰を集める神社を守りたいという、当時の宮司と氏子たちの思いがあってのことでした。

しかし、社務所のほうは1940年に建てられた木造建築に増改築を繰り返しながら使い続けており、耐震改修をしていない。佐藤宮司は万一の際の神職の安全のために着任の翌年、2022年に氏子の設計士を介して使用頻度の高い社務所の耐震診断を依頼したところ、結果は予想以上に悪いものでした。

「それでも危険個所を全部耐震化する余裕はありません。なので『なにか あったらすぐ逃げろ』と言っています。ただ、宿直で寝ているときに地震が起きてしまったら逃げられないので、宿舎だけは何とかしたいと。」氏子の設計士が佐藤宮司の意向に沿った改修方法を検索し、見つけたのが[木質耐震シェルター70K]です。佐藤宮司は、無理のない予算で確実に安全性を向上できることを知り、採用を決定しました。

建部大社宮司の佐藤和夫さん(左)と楠亀工務店の代表取締役楠亀輝雄さん(右)。

自然塗料で色を既存の木部に合わせ、空間に溶け込む耐震シェルターに

建部大社から問い合わせを受けた耐震住宅100%実行委員会は、東近江市の株式会社楠亀工務店を紹介。楠亀工務店は明治時代に大工として始まる長い歴史を持つ工務店です。

5代目の楠亀輝雄さんは[木質耐震シェルター70K]を施工するのは今回が初めてで、「床下が高いので、現場にシェルターがおさまるかどうかが気がかりでした」と振り返ります。現地調査の結果を受け、今回の「あなたの地域コミュニティ耐震化キャンペーン」に応募することに。シェルター本体は耐震住宅100%実行委員会からの寄贈、施工費は氏子の大工連による寄付というかたちで工事が実施されることとなりました。

2023年5月に実施された工事は、畳を外し、現しになった地面にコンクリートを打設するところから始められました。楠亀さんは、大きな材料を手で室内に運び込み、組み立てることが新鮮だったと言います。構造体で壁のコンセントが隠れてしまった箇所では構造体表面に新たにコンセントを設け機能を担保し、また、天井など既存木材の色に近い自然塗料で仕上げることで、構造体を空間になじませました。

工期はコンクリートの養生期間も含めて約3週間。佐藤宮司によると、職員たちは耐震シェルターが入った宿舎を「安心感がある」と喜んでくれていると言います。楠亀さんは「耐震性能は、断熱性能のように暖かさとして体感することもなく、感じていただけるものは安心感しかない。しかし、それを喜んでいただけるのはなによりです」と笑顔を見せました。

「[木質耐震シェルター70K]は、間口が広く取れるラーメン構造を活用し、従来の耐震シェルターの短所とされていた居住性やデザイン面での欠点を大幅に改善しつつ、短期間での施工にもかかわらず、高い耐震性能を確保しています。梁が出ている感じが苦手な人もいると思いますが、空間とうまく調和できれば、むしろ梁が見えるのが安心感につながるのではと思います」と楠亀さん。 2024年元旦に起きた能登半島地震では大津市も震度3の揺れを観測しました。建部大社の耐震化の取り組みは、氏子をはじめ地域住民にとって大いに参考になることでしょう。

建部大社神門から拝殿を見る。建部大社はヤマトタケルの死後に神霊が宿った神社といわれ、『日本書紀』にも登場する。1861年に建てられた拝殿と本殿は、2006年、竹中工務店により外観を保ちながら免震改修が行われた。