総合技術研究WG

総合技術研究WGレポート

築52年の家と、孫との暮らしはそのままに。家の中に安全・安心な空間をつくる木質耐震シェルター70K

2025年5月19日
総合技術研究WG
Aさん宅の普段使いの1室を、まるごとすっぽりと安全・安心で覆った木質耐震シェルター70K

新潟県新潟市で、築52年の二世帯住宅に暮らすAさん。これまでにも中越地震や中越沖地震、東日本大震災、山形県沖地震といった大きな揺れを経験してきた家ですが、2024年の能登半島沖地震では、これまでとは違う「底知れない不安」を感じたと言います。

「幼い2人の孫たちを抱えて、家中を動き回りました。どこが安全なのか全く分からず、ただ右往左往していました。揺れがどんどん強くなって、今度こそ、この家が倒れるのではないかと思いました」。

それ以来、Aさんは「家の中に安全な場所がない」という思いが頭から離れず、夜も眠れない日々が続きました。

孫の顔を見るたびに、あの日の恐怖がよみがえる——そんな中で、Aさんは耐震について調べ始めます。インターネットを通じて、自治体の支援制度や各種工法の紹介を読み漁り、毎晩遅くまでパソコンと向き合いました。そんなある夜、ふと目に留まったのが「木質耐震シェルター70K」でした。

木質耐震シェルター70Kとの出会い、耐震100との出会い

最大荷重100kN、変形角1/19[1]という、木質耐震シェルター70Kの実験数値。しかも、一般住宅の一室を「耐震空間に変える」ことができるという点に惹かれたAさんは、すぐに記載されていた連絡先、耐震住宅100%実行委員会に電話をかけます。そして、星野建築事務所の星野社長につながります。

耐震住宅100%実行委員会は、「地震が起きた後で、人が死なない家づくり」という理念を掲げ、新築だけでなく既存住宅における耐震安全の向上を目指して活動しています。全国の工務店や設計事務所と連携しながら、地域の実情に即した支援を展開しており、Aさんの住む新潟でも、星野建築事務所は中心的な役割を果たしています。

同委員会では、新築における構造計算+耐震等級3による家づくりを理念の中心としてきましたが、課題だったのが、構造計算の難しい既存住宅への対応でした。そこで開発されたのが「木質耐震シェルター70K」です。一室を耐震化するというアイデアは、部分的な耐震対策であっても命を守るという点で非常に現実的な解決策となり、多くの現場で支持を得つつあります。

[1] 「木質耐震シェルター」に約10トンの荷重をかけた場合、層間変形角(建物が横方向に揺れたときに、2階の床が水平方向にどれだけずれたかを、階の高さで割った値)が1/19に止まり、接合部に目立った損傷がないことを、実験で確認した。
▶︎▶︎木質耐震シェルター70K [技術資料]はこちら

置くではなく、家に組み込むという発想

Aさんからの電話を受けた星野社長は、委員会の理事としてこの構想に深く関わってきた人物。「まずは現状を把握しましょう」と、新潟市における耐震診断への申込を勧めます。その後、6月には診断士がA邸を訪問。8月に届いた結果は、想像よりも深刻なものでした。屋根の安田瓦がネックとなり、積雪時1階Y方向の上部構造評点[2]は0.63。安全基準を大きく下回っていたのです。「10年ほど前にリフォームしていたので、そんなに悪くはないだろうと思っていたのですが…。ショックでした」

診断士所属の工務店から耐震補強案として提示されたのは、瓦の葺き替えや基礎補強などで、総額は1000万円近くに及ぶものでした。Aさんはすっかり気落ちしましたが、しかしあきらめきれず、そこでもう一度、星野建築事務所のドアを叩きます。

後日、星野社長と谷口さんが現地を訪問。Aさんの話をじっくりと聞いた上で、「木質耐震シェルター70K」の可能性を提案します。

「既存の住宅の耐震改修というのは、数値的評価が難しいんです。ですから家全体を考えて耐震を確保しようとすると、結局、ほぼ建て替えた方が早い、ということにもなってしまう」と谷口さん。

それに対して、「このシェルターは置くだけの箱ではなく、家の1室に組み込まれるもので、“シェルターと耐震補強のハイブリッド“に近いものです」と星野社長。

さらに、このシェルターが耐震住宅100%実行委員会の被災地支援対象に該当すること、つまり無償での設置が可能なことも伝えられます。A邸は被災地支援枠としてシェルターの寄贈対象になり、設置が決まりました。

[2] 上部構造評点とは、木造住宅の耐震性を示す指標。ここで「上部」とは、建物の基礎より上、つまり地面状に出ている部分すべてを指す。上部構造評点が1.0の場合、震度6強レベルの地震に耐えられることを示す。数値が少なければ耐震性が低く、数値が多ければ耐震性が高い。

Aさんの悩みを傾聴し、木質耐震シェルター70Kの提案から設置にまで携わった谷口さん

半日で建ち上がった「家の中の安全・安心」

10月下旬、工事が始まりました。床を一部解体し、コンクリート基礎を打設し乾燥させるのに約1週間。そしていよいよ、木材と金具が現場に運び込まれ、6名のスタッフによる組み立てがスタートします。木材の重み、ドリフトピンを打ち込む音——それは単なる施工ではなく、「この部屋が変わっていく」過程そのものでした。その間、わずか半日。

「写真で見ていたよりも、ずっとがっしりしていました。これなら大丈夫だと思える」。Aさんはこの部屋に家族分のヘルメットを用意し、食料の備蓄品などを蓄え、もしものときに備えています。完成したシェルターは、四方に開口部を持ち、明るく開放的。構造計算に裏打ちされた木質ラーメン構造で、A邸の中でも最も安全な場所になりました。

床を剥がし、しっかりとコンクリートを打設した上に、寸分の狂いもなく、木材と金具が組み合わされる

命も暮らしも守るために、木質耐震シェルター70Kという選択

星野社長は語ります。「このシェルターは、“新築でなければ安全な家は建てられない”というこれまでの思い込みを変えてくれる存在です。私たち委員会が目指す「地震が起きた後で、人が死なない家づくり」という理念を、現実の選択肢として既存住宅の中に実装できる。それが何よりの前進です。命を守るという視点から言えば、一室でも耐震的に守られているという事実は、とても大きな意味を持ちます」。

「そして、Aさんのように、『今住んでいるこの家で家族を守りたい』と考える方々に対して、現実的で、なおかつ本質的な提案ができるのが、この木質耐震シェルター70Kなんです」。

家や暮らしはそのままに、命を守る木質耐震シェルター70K。その画期的意味を語る星野社長

耐震について、知ること、伝えることの大切さ

施工を終えてから、Aさんは改めて委員会の活動に関心を持つようになりました。「もともと“耐震”という言葉もぼんやりとしか知らなかったけれど、こうやって直接支援を受けて、自分の家族の命とつながっていることを実感しました」。その後、Aさんは地域や親戚の集まりで今回の体験を話すようになり、ご近所の方や親戚から「うちも何か対策しないといけないね」と声をかけられることが増えました。日常が少しずつ変わっていく——そのきっかけが、あの一室にあったのだと。

「自分ひとりではできないことも、誰かの支えがあれば実現できることもある。星野さんや委員会の皆さんに出会えて、本当にありがたかったです」。

「木質耐震シェルター70K」は、施主の不安に寄り添いながら、耐震住宅100%実行委員会の理念を、既存住宅の現場にしっかりと届けてくれています。

株式会社星野建築事務所 
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