公開日 : 2026年01月23日

⽊質耐震シェルター70K 被災地⽀援レポート(対談)

命を守ること、家を守ること、町を守ること。
能登での体験を通して、耐震の⼤きな意義を広く伝えていくために

木質耐震シェルター70Kが設置された主寝室で、談笑するA様と宮部理事(宮部建設株式会社)
木質耐震シェルター70Kが設置された主寝室で、談笑するA様と宮部理事(宮部建設株式会社)

「地震で⼈が死なない家づくり」のために。耐震住宅100%実⾏委員会は、新築住宅の耐震性を⾼める取り組みはもちろん、既存中古住宅の耐震化にも⼒を注いできました。⼤地震の被害を最⼩限に抑えるには、住宅そのものの倒壊を防ぐことも重要ですが、それぞれの家に合わせた、さまざまなカタチの「耐震」を施し、そこに住まう⼈の命を守ることです。

今回の能登被災地⽀援においても、築60年以上の⽊造住宅に耐震シェルター70Kを設置し、被災された⽅が「この家に、この町に住み続けたい」という強い思いに応える⼿段を⽰すことができたのです。そしてこうした活動は、耐震の必要性を社会に広く伝える普及啓発にもつながっています。

このレポートでは、実際の⽀援活動に携われた宮部建設株式会社の宮部理事と、⽊質耐震シェルター70Kの普及担当である株式会社アキヤマの秋⼭理事との対談を通じて、⽊質耐震シェルター70Kの可能性と、耐震住宅100%実⾏委員会の耐震への思いを伝えていきたいと思います。

現地・現場での経験が耐震への思いを⼀層強くする

秋⼭理事: この度は、能登まで出向いていただき、ありがとうございます。早速ですが、今回の⽀援プロジェクトはどのような経緯で始まったのでしょうか。

能登町真脇
能登町真脇

宮部理事: 2024年の元⽇に起きた能登半島地震から、まる⼀年後の2025年1⽉、能登町に住まわれるAさんから宮部建設に⼀本の電話が⼊りました。能登震災後も、能登に⼀⼈で暮らしているお⺟さま(Aさん)と、⾦沢に暮らす娘さんが連絡を取り合い、「耐震シェルターを設置してはどうか」と考えられたそうです。

娘さんがインターネットで施⼯会社を探し、お⺟さまは2社に問い合わせましたが「能登町は遠⽅のため施⼯できない」と断られたそうです。また、なぜ⼀年も経っているのかについては、耐震補強や診断の件で役場に相談したり、地元の⼯務店に耐震対策について相談していたりしたそうです。

最後に連絡を取られたのが私ども宮部建設でした。事情をお伺いし、「少しでもお⼒になれれば」と前向きに対応を約束させていただきました。その後、2017年から私が理事を務めている耐震住宅100%実⾏委員会の事務局との連携によって、2回に渡るの現地調査と理事会での報告と協議を経て、迅速に全⾯協⼒体制を整えることができました。

秋⼭理事: ここから理事会との連携ができ、いよいよ能登での施⼯が始まるわけですが、現地の状況はいかがでしたか。

宮部理事: 7⽉下旬、宮部建設のある岐⾩県関市を出発しました。⾞で約5時間、東海北陸⾃動⾞道を北上し、七尾から⽳⽔を経て国道249号線を通り、宇出津港を抜けて能登町真脇へと。ところどころ復旧⼯事があり、路⾯を気にしながらのドライブでした。

2024年の元⽇に起きた能登半島地震の震度
2024年元⽇ 能登半島地震の震度
今でも路面には波打っている箇所が多く見られる(2025年10月撮影)
今でも路面には波打っている箇所が多く見られる(2025年10月撮影)
道路復旧工事のために整備された迂回路(2025年10月撮影)
道路復旧のために整備された迂回路(2025年10月撮影)
道路沿いの電柱は、傾いたままの状態(2025年10月撮影)
道路沿いの電柱は、傾いたままの状態(2025年10月撮影)

現地での宿泊拠点は、九⼗九湾に⾯した堤防沿いの「漁⽕ユースホステル」。オーナーやスタッフの⽅々に⼤変お世話になり、全国から訪れていた宿泊客との交流も有意義な時間でした。宿泊先や現場周辺にはスーパーや⾷事処がほとんどなく、⾷料や⽇⽤品の調達は宇出津港の町まで往復する必要がありました。

秋⼭理事: 6⽇間の⼯期だったと伺っていますが、そうしたところを拠点として仕事をするご苦労は、同業者として察して余りあるものがあります。

宮部理事: まず、近隣で唯⼀のファミリーマートには毎朝⽴ち寄り、そこで⽣活物資を確保してから現場へ向かう。宇出津港には能登町役場やスーパー、ホームセンター、飲⾷店などが集まっており、地域の中⼼としての役割を担っていました。 しかし⽬に映ったのは、港沿いの⼀部地域が冠⽔し、海⾯が船着場より⾼くなっている光景でした。

6⽇間の滞在中、宿と現場を往復する道すがら、キラキラと光り輝く能登の海が⽬の前に広がっていました。海のない岐⾩に暮らす私にとっては、どの⾵景も絵画のように美しく特別に映りました。⼀⽅で、屋根にブルーシートがかかった住宅が点々と残り、また真っ直ぐに舗装された道路のありがたさを痛感しました。

まだ解体を待つ建物もあれば、更地にして地域を離れた⼈も少なくない──未だ現実は厳しく、そうした⾵景を受け⽌めざるを得ませんでした。

秋⼭理事: 未だ復旧が進んでいないと感じますが、輪島の先の珠洲となると、まるで⼿がつけられていないのではないか、という記事がありました。ただ今回のA さんのお宅は、⼀番ひどいところから少し離れているのかなと。実際ご⾃宅はどのような状況だったのでしょうか。

A様邸は、築60年以上の⽊造住宅
A様邸は、築60年以上の⽊造住宅

宮部理事: たしかに場所的なことを⾔えばそうなんですが、A様邸は築60年以上の⽊造住宅で、能登半島地震によって屋根が損傷し、⾬漏りの被害も⼤きく出ていました。柱の⼀部も傾いたままで、家全体を抜本的に補強するのは現実的ではありません。そこで今回、毎晩就寝されている4.5帖の主寝室に耐震シェルターの設置を計画しました。候補としてダイニングやリビングも検討しましたが、「夜、安⼼して眠れる空間を確保したい」という思いを優先されたのです。

居間の柱と梁が大きく傾いている
居間の柱と梁が大きく傾いている

安⼼な場所というのは、⼈それぞれ異なるので、しっかりとしたヒアリングと調査が⼤切になります。ちなみに⼀般に既存住宅の耐震化は、通常は耐震診断を受けて補強計画を⽴て、その後に家全体を補強する⼯事を⾏います。しかし建物全体の耐震改修は⼤がかりになりやすく、期間も費⽤も⼤きな負担となります。

秋⼭理事: そこで⽊質耐震シェルター70Kに⽩⽻の⽮がたったというわけですね。耐震住宅100%実⾏委員会の提供する耐震シェルターは、⽂字通り⽊質構造であり、たとえば寝室やリビングといった部屋単位で設置する独⾃の防災装置ですから。

宮部理事: リフォーム程度の⼯事はありますが、短期間で済み、費⽤も⽐較的安価に抑えられ、また⽊質ということもあり、⽇本の家屋にしっくりと溶け込むのも⼤きな特徴です。倒壊の危険がある住宅でも、限られた空間を守ることで、⼤切な命を守る選択肢となりますね。それと、改めて思うのは、組み⽴て設置はそれほど⼤変ではない、ということですね。その⼯程だけでいえば、半⽇程度でした。

秋⼭理事: 実際に設置された70Kについて、施主様はどのように思われていますか。

宮部理事: ただただ、喜んでおられました。
「たいていはこの部屋にいて安⼼。何かあったら、ここへ逃げ込むわ」とおっしゃっていただきました。
⽊質耐震シェルター70Kは形や機能は規格化されていますが、それを設置される家族の思いや環境はそれぞれなので、私⾃⾝も⼤変貴重な経験をさせていただきました。

⼈の命を守ることは、地域を守ることにつながっている

株式会社アキヤマ 秋⼭理事
70Kの普及啓発を推める秋山理事(株式会社アキヤマ)

秋⼭理事: 能登での⽀援活動を通じて、何かあらためて感じたことはありましたでしょうか。

宮部理事: ⽯川県の防災計画では「能登半島北⽅沖地震」の被害想定が⽢く、防災対策が⼗分でなかったのではないかという指摘もあります。能登半島には1980年以前に建てられた⽊造住宅が多く、耐震改修が進まなかったことも被害拡⼤の要因です。多くの命が奪われた背景には、そうした事情が重なっていたのではないか。「地震⼤国・⽇本」に暮らす以上、いつか⼤きな地震に直⾯するのは避けられません。このことを理解していながら、いざ備えをしている⼈は決して多くはないのが現実です。

「⾃分は⼤丈夫」「ここには⼤地震は来ない」──そう思いたい気持ちは分かりますが、現実から⽬を背けてはいけません。⽣き延びるために、可能な範囲での備えを⼀⼈ひとりが⾏う必要があります。

秋⼭理事: 「正常性バイアス」という⾔葉がありますが、まさにそれに当たるということですか。⼈間が予期せぬ危機に接した際、「まだ⼤丈夫」「⾃分は⼤丈夫」と過⼩評価し、事態を正常な範囲だと捉えてしまう⼼理的な傾向。

能登町真脇
能登町真脇

宮部理事: 国は耐震改修を推進するため、1995年に「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を制定し、これまでに5度の基本⽅針を策定してきました。当然ながら、耐震化率は「耐震性のない住宅が減ること」で上昇します。その⽅法には、新築に建て替えるか、既存住宅を改修するかの⼆つがあります。 全国の耐震化率は87%。東京都や千葉県など⼤都市圏では92%と⾼い⽔準に達していますが、⽯川県は82%、私どもの活動エリアである岐⾩県は83%と全国平均を下回っています。⼀般的に地⽅では耐震化率が低い傾向にあり、住宅需要の⼩さい地域ほど建て替えが進まず、耐震改修の推進が重要となります。

秋⼭理事: 今回の能登町での耐震シェルター設置⼯事も、耐震改修の⼀つの形というわけですね。

宮部理事: 建物全体を補強する改修が「家を守る耐震」であるなら、シェルター設置は「命を守る耐震」と⾔えます。⺟を想うご家族の願いを受けて進められた⼯事を通じ、耐震とは単に家を守る⾏為ではなく、家族の命を守る⾏動そのものであることをあらためて実感しました。

これからも今回のような被災された⽅に寄り添った⽀援を丹念に進めていく必要はあるのですが、同時に、より多くの⼈に耐震のこと、70Kのことを知っていただきたいと思っています。秋⼭さんはどのようにお考えですか。

能登町で設置した耐震シェルター70K 4.5畳タイプ。
能登町で設置した耐震シェルター70K 4.5畳タイプ
コーナー部分の収まり
コーナー部分の収まり
左側、入り口部分の柱は、右にずらして設置
左側、入り口部分の柱は、右にずらして設置

秋⼭理事: 私たち耐震住宅100%実⾏委員会は、「耐震」の普及を通じて全国の安全なまちづくりにも貢献したいと考えています。⼤地震による被害を最⼩限に抑えるためには、耐震性の著しく低い⽊造住宅を⼀棟でも多く改修し、建物の倒壊をなくすことが何よりも重要です。建物が倒壊しなければ、圧迫による死者を⼤幅に減らすことができ、救助のための道路が塞がれることもありません。

以前、耐震100の記念シンポジウムにおいて、危機管理アドバイザー 国崎信江さんが話されていたように、命を守ること、命を助けること、そして災害からの復旧を速やかに進めるために、「耐震」はまさに⼀丁⽬⼀番地の重要な取り組みだといえます。

宮部理事: 今回伺った能登町と同様に、私の地元・岐⾩県関市も⼈⼝減少が進む地⽅⾃治体です。関市は平成の⼤合併当時には約9万2千⼈を数えましたが、2025年8⽉現在では約8万3千⼈、さらに2060年には6万⼈台まで減少すると⾒込まれています。過疎化が進む地域において⼤地震で家屋が倒壊すれば、住まいを失った⼈々が地域を離れることに直結し、町の存続⾃体が危うくなります。

耐震とは個⼈の家や命を守る⾏為であると同時に、地域や地域コミュニティを守るための基盤的な営みでもあるのです。能登町での活動を通じて、家だけでなく「町」と「耐震」が深く結びついていることを改めて実感しました。

秋⼭理事: だからこそ、耐震住宅100%実⾏委員会としては、個々の⼯務店や建設会社では成し得ない取り組みを進めていく必要があります。ちなみに、現在各市町村からの⽊質耐震シェルター70Kへの問い合わせが増えています。防災や地震対策へのイベント参加や、各⾏政施設へのシェルター展示にも積極的に対応しています。また、耐震化の補助⾦にも適⽤できるケースも多いので、その辺りもうまく連携できるといいですね。

「耐震」という旗印のもとで、国の予算増額や政策の後押しを求める活動をさらに広げていくことも、私たち耐震住宅100%実⾏委員会の責務であると強く感じています。

⽊質耐震シェルター70Kを見つめる宮部理事

宮部建設株式会社
岐阜県関市下有知1546-2
https://miyabe-kensetu.com